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☯️自分らしさ

母の背中とチューリップ事件

庭で、四季折々の花を世話していた母。

登校時、 先生に渡してと、
新聞紙に包まれた季節の花束を持たされたことを思い出す。

小学生の体には、やたらと大きく感じた花束。

それは、チューリップであったり、紫陽花であったり、雪柳であったりした。


このチューリップでちょっとした事件が起こったことがある。

チューリップに色をつける、という小学一年生の課題で、
確か、オレンジだか紫だか、通常のチューリップとは異なる色を塗って提出した私。
 
私の絵は、
”この色のチューリップはあるかな?”
という先生のコメントとともに返ってきた。

当時は、歌にもあるように、赤・白・黄色が主流だったチューリップ。
 
花好きの母は、どこからか取り寄せた、変わった色のチューリップを植えていて、
その中に、私が描いた色もあった。
 
少し経って、そのことを伝える手紙と、その色のチューリップも含めた花束を、登校時に母から渡される。

先生は、
”綺麗なお花ありがとうございました。こんな色があるとは知りませんでした。”と、私の連絡ノートに書いたコメント通して、母に返事した。


母自身も、

毎年、その頃は一風変わっていた黄梅の蕾が膨らむと、

友人の割烹での活け花にと、電車で一時間かけて持っていっていた。




以前、友達の家に呼ばれ、
(といっても、普段は勝手に押しかけて行く間柄)
その前に、墨西哥の色彩豊かな市場で、一緒に食べる夕食の食材と、野草花の混じった、改まらない花束を買って、訪れた。

初めて会う、友達の新しい彼女にと思って買ったので、彼女に渡すと、

”どうして花束?”
と、聞かれ、

”なんとなく”と答えた。


ただなんとなく、花っていいよなぁ。






そして、ふと今日思った。

子どもは、
親の背中を見て
育つのだと。


tulipani.jpg

誰かの玄関先に咲いたチューリップに重なった、
あの新聞紙の花束。

来月は、いなくなって20回目の母の日やね。
お母さん
ありがとう。

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#母の背中とチューリップ #母の日以外も母の日 #日常の花束 #母娘イタリア乳がん
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